おとなになるぞ

頑張らず頑張りたい

地獄

いたる所に地獄はある。
あそこは地獄だと思っていたら、自分の足元に地獄が近付いてくることもある。
私が地獄を創り出している事もある。

私にとって地獄は身近で、そう悪い所だとも思えない。良き所では無いけれど、当たり前にある所だ。
地獄を撲滅したい時もある。地上には要らないと思う時もある。
パラダイスを創りたい訳じゃないけれど、地獄で生き続けるより、地上で生きていきたいと。

私は地獄でも踊れる力がある。
地獄にちょっといい空間を創ることも出来る。
考え続けることも出来る。

地獄を抜けた時に初めて、私の地獄を覗くことが出来た。
地獄に変わりはないけれど、地獄のくせにキラキラしたものも沢山ある。
あんな所でよく息をしていたものだと我ながら感心しつつ、あのキラキラしたものがあれば地獄にも居着いてしまうなとも感じる。

地獄を抜けたのにふとした時に足元に這い寄ってくる地獄たちが怖い。どこで何をしていてもおしまいなんだと私を絶望させる。

地獄たちは私を責め立てる。
あんなに頑張って入った大学もどうせ退学になるだとか、親も兄妹も親戚も私を蔑み見捨てることになるだとか、友人も助けてくれる大人たちも私に愛想を尽かして見放して、この世でひとりぼっちの罪人として地獄で生き続けることになるだとか、今までのあらゆる何もかもが全て無駄になるだとか。

「勿体ないね〜」
と嫌味な声が頭に響く。明らかに蔑まれている。
地獄に戻る勇気が無くなったのだと分かった。
1度大事にされてしまうと、自分が惜しいのだと。地獄に落ちるのが怖いのだと。
地獄で過ごした20何年は何だったのだろう。

地獄なりに楽しいことも嬉しいことも幸福なことも沢山あったはずなのに、今はもうあそこは恐ろしい場所になってしまった。

だけどいたる所に地獄はある。
それでも地獄でも踊って笑って友達だって作れるかも知れない。
そうしてやはり引き裂かれる。
分断が生まれる。

地獄に生きる人々を踏み台にして地上で生きる事に耐え難い罪悪感もある。
傲慢にも、地獄にいるみんなを救い出して私の罪悪感を解消したいという甘えた欲望もある。

モラトリアムである。